| <下関市> |
| ○下関市の概要 |
下関市は、関門海峡に面する本州の最西端の市で、中心部の下関港周辺は、古くは赤間関(あかまがせき、赤馬関とも)とも呼ばれ、これを略して馬関(ばかん)という別名も用いられました。
また、2005年2月13日、下関市(旧制)、菊川町、豊田町、豊浦町、豊北町が合併して、新制による下関市が発足し、2005年10月1日より、国から中核市の指定を受けています。 |
| ○下関市の自然 |
| 本州の最西端に位置し、関門海峡を挟んで九州の北九州市と対峙しており、関門海峡を挟んで西を日本海(響灘)、南を瀬戸内海(周防灘)に接しています。また、関門海峡に面し観光スポットにもなっており「夜景100選」にも選ばれた火の山や北長門国定公園にも含まれる豊北町角島などの自然の観光スポットも多くあります。 |
| ○下関市の歴史 |
| 古くより九州や中国大陸からの本州の玄関口として栄え、日本史における数々の重要な出来事に関係しています。 |
| 〜戦国時代まで〜 |
・7世紀、長門国の国府が設置された(長府地区)。
・1185年、源平合戦最後の戦いである壇ノ浦の戦い(壇ノ浦)。 |
| 〜江戸時代〜 |
毛利秀元が長府地区に館を構え、支藩である長府藩を設立。その後、長府支藩である清末藩が設立された(清末)。
江戸時代には、来日した朝鮮通信使の接待の場所として活用された。
1612年、船島(巌流島)にて、宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘が行われた。
幕末には高杉晋作や伊藤博文らが中心となって結成した奇兵隊の活動拠点となり、下関戦争が行われた。 |
| 明治から第二次大戦まで |
| 1889年 |
赤間関市(あかまがせきし)として市制施行。日本で最初に市制施行した31市の中の一つである。 |
| 1895年 |
下関で日清戦争後の講和会議が行われ下関条約が締結された。 |
| 1902年 |
下関市に改称。 |
| 1905年 |
関釜連絡船が就航。(1945年まで) |
| 1943年 |
関門鉄道トンネルが開通。(世界初の海底鉄道トンネル) |
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| 第二次大戦後 |
| 1958年 |
関門国道トンネル・関門人道トンネルが開通。(世界初の海底国道トンネル) |
| 1970年 |
関釜フェリーが就航、第二次大戦終結以来、25年ぶりに釜山と結ばれる。 |
| 1973年 |
関門橋(高速道路)が開通。 |
| 2002年 |
IWC(国際捕鯨委員会)の会議が開催。 |
| 2005年2月13日 |
下関市(旧制)、豊浦郡菊川町、豊田町、豊浦町、豊北町が合併。 |
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| ○下関市の名産品 |
| 下関四大名物 |
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| その他の名産品 |
| 辛子明太子(本来、下関が発祥地)、韓国料理(焼肉)、角島のイカ、練り製品(蒲鉾、ちくわ、ソーセージなど)、ふぐ提灯、阿わ雪(淡雪)二見饅頭(旧豊北町)、瓦そば(川棚温泉) |
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